毎年、命を受け継いできた分けつ長ネギも終わる時が来るのか、と案じていたけれど。
お早うございます。ヒロくんです。
畑の左端にしか植える場所が無くなった宿根野菜の分けつ長ネギ。春先に収穫して今年の分として残したものを一本づつに株分けして植え替えました。
借りていた畑でも春先に同じ様に栽培していました。この長ねぎに出会ってから今年で何年になるのだろう。
思い返してみると東日本大震災の後だと思うので7、8年かな。頂いた経緯は何度も書いたので省きますが、見ているだけで満足する野菜でした。
でも、何となくですが最初の頃の勢いが感じられません。庭の畑の土では駄目なのかな。と、思ったりもします。
この分けつ長ネギは何時の頃からこの世界にいるんでしょうか。若しも永遠に生きているとしたら凄い事ですよね。
まさに
生命は永遠
と言いう、人間には知りようも無い世界の話になります。
そこで、少し調べてみました。勿論分けつする長ネギの資料は殆どありませんから、長ネギの歴史としてとらえています。
その後に、我が家の分けつ長ネギの今日のお話をさせて頂きます。
ネギはかなり古くから日本に入った。分けつネギは農家の大事な食べ物だったのかも。
分けつ長ねぎに出会ってかなり経ちますが、いまだに良く分からないネギです。
初めから分けつする様にこの世にあらわれたのか、ブロッコリーが突然変異でカリフラワーになった様に、普通の長ネギが突然変異して分けつする様になったのか。
資料が少なければ少ない程、興味が湧いてくる不思議な野菜です。また分けつ葱の話かと自分でも思いますが、私にとってはこれ程話のネタになるものはありません。
中国では原始時代から栽培されてきたネギ
長ネギ等は中国が原産らしいですね。それと中央アジアです。と言うのも中国はロシアと同じで昔から近隣国を征服してきた国です。
逆に蒙古に征服されたこともありますが。
その過程で侵略した国に長ネギがあったのかもしれませんね。そうすると名前が変わっていたかもしれません。その辺も面白いです。
中国の古い文献をたどれば判明するかもしれませんね。でも、原始時代では調べようが無いかな。
今の中国は漢民族が主ですが、その漢民族は原始時代から長ねぎを栽培してきたと言われています。
日本は中国との付き合いが長いですから、かなり古くから伝わってきていると思っても不思議はないですね。
その頃から分けつし易い物と、しにくい物と分けられていたのかな。
ネギは元々分けつする特徴があった
江戸時代の農業に関わる「農業全書」という書物があります。
その書には「冬の葱を大葱、春夏の葱を小葱」と言うと書かれています。
冬のネギを「大ネギ」といいます。一般的な長ネギ等ですかね。気温が下がってくると食べられますが、5月~夏の終わりまで硬くてたべられません。
でも、「大葱」の根深ネギの方が質が良いと書かれています。確かに長く白いねぎは美味しそうに見えます。
「小葱」とは何でしょう。その書には株別れする分けつ性の物であると書かれています。
九条ネギが代表格かな。万能ねぎとも言われている様な。「分葱」も株別れの事を言うようです。
春から夏でも固くならずに美味しく頂ける「小葱」は分けつ種。
ネギは通常
- 根深ネギ:白く長く育てて利用する
- 葉ネギ:おもに緑の葉の部分を利用
の2種類あります。
その両方とも分けつする特徴があります。下仁田ネギ等や一般の根深ネギも100本に3、4本は分けつしますね。私は毎年見ています。
その特徴が100%現れるのが「分けつ長ねぎ」です。
分けつ長ねぎは忍者のように分身する
ところで人によっては「株別れ葱」とか「坊主知らず」と呼んだりしますね。私は「分けつ長ねぎ」と呼びます。
最初は名前が分からず検索したら「坊主知らず」と出ていましたので、そう呼んでいました。ところが私は見てしまったのです。
「坊主知らず」がネギ坊主を作った姿を。品種が違うのかなと思い、先程検索した方のネギの画像を見ましたが、どこから見ても私のと同じです。
こうなりますと「坊主知らず」と呼ぶわけにはいかず、「分けつ長ねぎ」と呼ぶようになりました。
でも「株別れ葱」と呼ぶのも何となく違和感を感じます。
根から新しい株が出来て来るのでは無く、体が分かれて出来てくるような感じがします。忍者の映画とかで良くやる「分身の術」ですね。
植え替えようとして根元を割る様にすると、確かに根は皆同じところから分かれて出ていますから「株別れ葱」か「分けつ長ねぎ」が言い当て妙に思います。
今思うと、そのネギ坊主を育てて、種を取っておけば良かったなと残念に思っています。でも、あれ以来「分けつ長ねぎ」のネギ坊主を見てませんからね。
ところが今年は見ました。突然変異かも知れません。本体は食べちゃいましたけど。
「坊主知らず」は農家の食べ物で売り物では無い
「根深ネギ」と「分けつ長ねぎ」を並べてお店で売ったら、皆さんはどちらを買いますか。
やはり「根深ネギ」でしょうね。日本人に限らないですが、どうしても見た目を意識しますよね。
時代物のテレビドラマで食事風景がありますが、番組の中でネギが出て来ると「根深ネギ」ですよね。
中には江戸なのに仙台曲がりねぎが出ていたりして、時代考証を指導する人も大変ですね。
私は思うのですが日本人は「分けつ長ねぎ」を知らない人が多いでしょう。いやほとんどの人が知らないのかも。
お店で売るのは「根深ネギ」や姿の良い「九条ネギ」等で、姿が今一の「分けつ長ねぎ」はお百姓さんだけが食べる葱。それで外には広まらなかった。
実際に家庭菜園仲間に聞いても知らない人がほゞ100%。
ある地域では、外に嫁いだお嫁さんが広めた
ところが別な地域に嫁に行った農家の女性が「分けつ長ねぎ」と出会います。
それを生家に持ち帰り栽培し、自宅で食べる葱専用として食べるようになった。それがその地域一帯に広がったという話を聞いた事があります。茨城の方だったかな。
元々の地域では相当昔から先祖代々、当たり前の様に畑の片隅に植えてあったんでしょうね。
子供が親のやる事を見て同じように栽培する。それが延々と他に知られづ伝わってきた。
だから栽培マニュアルも何も無い。門外不出という大それたものでは無く、農民専用の食べ物だったから。
美味しいと分かれば、それを聞きつけた領主等に取り上げられ、それすら食べられ無くなるから外には広まらなかった。
それが現代になり、家庭菜園ブームで少しづつ世に知れ渡って来た。
のかな。と、勝手に思っています。
確かにネットの通販を見ると結構売られています。以前はまったく取り扱っていなかったのにね。でもかなり高いですね。
何か考え方が間違っている様な気がします。分けつ長ネギを栽培している農家さんに頼めばタダでくれるでしょう。
お金を払うと言ったら笑われます。
今年の分けつ長ネギは何か変
ここからは今年の話です。
今年に入ってから何となく元気がありません。ひょっとすると栽培中の事を記事にするのはこれが最後かもしれません。
この庭の小さな畑で初めて植えた玉ねぎ等に注意が向けられて、何となく蚊帳の外に置かれていた分けつ長ネギ。
4月17日にはネギ坊主が目立つて来たので、切り取っていました。でもなんか変ですね。通常ですと各々10本以上は分けつしている頃です。
玉ねぎの葉に勢いが出て来た4月21日頃ですが、分けつの方は色艶は良いですが相変わらずって感じで新しい葉が出て来ません。
それでも、例年の様に収穫しました。見た目には普段と同じですが新しい葉の姿が見えませんね。
一ヶ所だけ新しい葉が出てきました
後書き
何度も関連記事を書いていますが、それだけ面白く興味のある野菜です。
何れ庭の小さな畑の半分は「分けつ長ねぎ」にしようかなと思い始めている位に惚れ込んでいます。
根深ネギの様に太く長くしてみたい。これが目下の目標ですが、上手く行きません。
でも、短いから美味しいのかもしれませんね。長くなると味がたんぱくになるかもしれませんし。
今回は、分けつ長ネギの寿命が尽きた記事にならなくて良かったです。たった2枚だけですが新しい葉が出てきました。
本当に嬉しいです。
ついでに分けつ長ネギの歴史を書こうと思いましたが、やはり資料が少なく想像の域を出ませんでした。
とにかく目立つところに植えていると領主に目を付けられ没収される。それで雑草の様に見せる為に片隅に植えていた。
農家の人の生きる為の知恵と、これまで取り上げられてはたまらんと話題にも出ない様に隠し、身内だけの秘密にしていた。
こんな感じで勝手な想像の域を出ませんでした。
何れにしても、まだ暫く分けつ長ネギの記事がかけます。多分、私の年よりも100倍以上も年寄りなんでしょうね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。